地歌・箏曲とともに発展し、当道座の盲人音楽家によって伝承されてきた胡弓音楽を胡弓楽と呼ぶ。胡弓楽としてみた場合、その音楽は「本曲」と「外曲」に分けられる。本曲は本手組とも呼ばれ、胡弓本来のために作られた曲であり、各流派がほぼ独自の本曲を持っている(一部本曲のない流派もある)。曲によっては『鶴の巣籠』のように尺八楽との交流によって生まれたものもあるし、先の『千鳥の曲』のように箏との二重奏曲的性格の強いものもある。このほか、有名な胡弓本曲に『蝉の曲 (名古屋系・吉沢検校作曲)』、『岡安砧』 (藤植流・作曲者不詳) などがある。特に藤植流には多くの本曲が伝えられており、また幕末に断絶してしまった政島流には更に多くの本曲があった。外曲は箏曲、地歌曲を指し、きわめて多くの曲がある。ただし胡弓演奏家はほとんど必ず地歌、箏曲演奏家でもあるので、本曲でも伴奏として箏や三味線が入ったり、また地歌や箏曲に取り入れられたりしている曲もあり、このような分け方は尺八ほど厳密ではない。また宮城道雄以降、今に至るまで胡弓のための新作曲も多くはないながら作られている。
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義太夫節は上方で盛んだったためか、三曲の影響を色濃く受けている側面があり、そのひとつが胡弓を使う演奏といえる。特に『壇浦兜軍記』の「阿古屋琴責の段」では、頼朝を仇と狙い姿を消した、悪七兵衛景清の馴染みの傾城、阿古屋が景清の行方を詮議され、琴(箏)、三味線 (地歌三味線)、胡弓を見事に弾いて、その旋律に迷いがないことから、景清の行方を知っているのではないかという疑いを晴らすという場面で、胡弓が用いられることが有名である。